さていよいよ登場するは福松。ええ例の玉のように可愛かったかどうか分からないハーフの福松君。亡き父鄭芝龍に替わり清朝と戦います。明朝の後継者の隆武帝を立てるんですが、この隆武帝が福松に明朝の名門『朱』の姓を与えます。この日から福松さんの名前は『朱成功』これがもとで『国姓爺』と呼ばれるんですね。さあ一つ目の課題クリア。タイトル落ちの感が否めない今日この頃ですが、福松さんの一連の戦いをもとに作られたのが近松門左衛門の『国姓爺合戦』です。歴史の時間に勉強しましたね。
さて”書類上”は朱成功さん、一般には鄭家の長男で『鄭成功』と呼ばれています。ややこしやー。清軍が陸上戦ではじわじわ攻勢しているんですが、そこは海賊王の息子、海上では圧倒的に強い!見事に台湾海峡を封鎖しちゃうんですが、誰よりこの海上封鎖に困ったのがオランダ。『台湾初の統治政権?』でも書いたように、台湾―中国間の貿易が稼ぎ頭の一つだったので、どうにかしたい。そこで白羽の矢を立てたのが、出ました!マハラジャ・カーン。 デラーズ・フリートがオランダ軍に戦いを挑んだのは前回の記事で紹介しました。その際も静観していたマハラジャ・カーンは大陸の言語にも精通していたとあって、オランダはかなり重用していました。そしてこのマハラジャ・カーンを使者に立てて、中国大陸にいる鄭成功と話し合いをしようと考えました。かくして大陸に渡ったマハラジャ・カーン、鄭成功に驚きの提案をします。それはなにか? 『台湾は肥沃の大地だから奪っちゃおうぜ♡』というものでした。
かくして鄭成功軍は台湾に攻め入りますが、オランダはかなり楽観的でした。というのも城を構える台江のあたりって、昔からその入り江と水流が複雑で、滅多なことでは入っていけないからです。それが油断でした。というのもマハラジャ・カーン、鄭成功に詳細な海図を渡していたのです。海図さえあれば海に強い鄭成功、100人力で100人乗っても大丈夫 byイナバ物置的な感じで、あっという間にゼーランジャ城が陥落しちゃいます。かくして38年間に及んだオランダ統治は幕を引くのでありましたとさ、めでたしめでたし。
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