近松門左衛門

 そろそろ『台湾初の統治政権?』で予告したことを書かないとダメですね、はい。。。
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 そもそも近松門左衛門と台湾て関係あるのか?との声が聞こえてきそうな今日この頃、皆さまにおかれましてはご多忙かと存じます。。ってなんの話でしたっけ?

 ちょっと『台湾初の統治政権?』の復習をしますね。まあ、簡単に書くと『強いオランダが攻めてきて台湾を統治したよ~でも追い出したよ~』って話でした。簡単ですね。何故なら難しい事が分からないからです。

 ちょっと補足説明をします。『強いオランダ』と聞いてディック・フライやアリスター・オーフレイムを思いついた貴方、正解なんですが歴史的には間違いです。強い国と聞いて連想するのは、今は中国?アメリカ?その前は大英帝国と言われたイギリス。じゃあその前は?はい、分かりますね。オランダでした。まあ詳しい説明は割愛しますが、当時オランダには世界の富と情報が集まってたぐらい強い国だったのです。

 それとオランダ統治の歴史的意義について。それまで台湾には漢民族が渡って来ていたものの、その数は少なく、ほんの数千人ほどでした。それ以前よりいた原住民はというと、各部落や部族ごとに言語や風習も違い、一つの国としては成り立っていませんでした。オランダが台湾を統治したことにより、①人手を中国から調達→漢民族の激増 ②人の増加に伴う商業の発達 ③それらを管理するための統治システム と台湾の近代化に一役どころか三役ぐらいかっています。そもそもただの土地だった台湾にできた初の統治政権だったわけですね。

 さて、台湾でオランダが我が世の春を謳歌している頃、長崎には明を逃れてやってきた任侠集団、いわゆるや〇ざがいました。そのうちの一人、鄭芝龍っていう福建出身の人が、長崎の女性と結婚し、そのまま平戸に住み着きました。二人の間には福松という、それはそれは玉のように可愛い息子、かどうかは知りませんし、むしろ不細工だったのではと何の根拠もなく妄想していますが、とにかく男の子が生まれました。これが近松門左衛門と関係あるのですが、ただいま現地時刻午前3:35.いくら社会不適合者のワタクシでも睡眠は取りたいので次回にします。

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